螺ス倉庫

ほぼ倉庫

MONSTERS 3

サメリは廃工場へ向かって走っている間ずっと後悔していた。
あんなことウィズに言わなければよかった。あそこにいる魔物は・・・何か変。魔物のようで魔物じゃない、嫌な感じがする。
胸がすごくざわざわする・・・何故?できればあそこには行きたくない・・・
あそこに着いたら、ウィズがどこかすごく遠いところへ行ってしまうような・・・そんな気がする―――


2人が十数分ほど走り、目的地である廃工場に着いたころにはすでにぱらぱらと雨が降り始めていた。
「おし、入るか」
気合いを入れるように声を上げるとウィズが先頭をきって中へと足を踏み込んだ。
廃工場と言われる割には中はきれいに整っていた。だが、ところどころ雨漏りがしているようで時折ぴちゃりぴちゃりと水滴が垂れる音が響いていた。
「サメリ、魔物はどの辺にいるんだ?」
辺りを探索しながらウィズはサメリに問いかけた。サメリは見えない何かを探すように少し遠くを見た。
「あと・・・北に少し行けばいると思う」
「そうか」
サメリの言葉通りに北に少し行くと、少し開けた場所に出た。そこには1人の青年の姿があった。
赤毛で黒い髪と魔物のそれとは正反対の姿の青年が。
「お前は・・・!」
いつも見ている魔物とは違う姿の魔物が現れたことにサメリは驚きを隠せないでいた。それを察したのか、ウィズはサメリを庇うように一歩前に出た。
「よう、ひさしぶりだな」
ウィズは目の前の青年に話しかけた。その体にはわずかではあったが冷や汗が滲んでいた。
「ああ、そうだな・・・3年ぶりか?」
青年は少し楽しげに口を開いた。
「お前、いつの間に『悪魔の使い』になったんだ?」
ウィズが軽く挑発するように聞くと、青年は実に可笑しそうに邪悪な笑みを浮かべながら聞き返した。
「お前こそ、いつの間に魔物になったんだ?」
「っ・・・!!」
「前は茶色い髪だったのに今はこんなに真っ黒になっちまって・・・」
「お前が・・・お前がオレを殺したんだろうが!!!村の皆も!『セイ』も!」
青年は激昂するウィズを楽しげに眼を細めながら観察する。そして何かを思い出したようにウィズに話しかけた。
「なあウィズ、お前に良いものを見せてやるよ。・・・入ってこい」
青年の掛け声とともに物陰から女性が姿を現した。セミロングの黒髪をゆらりと揺らすその女性は綺麗な顔だが、魂が宿っていないような虚ろな目をしていた。サメリはどういうことかわからずウィズに尋ねようとしたが、彼の瞳は動揺で揺れていた。
「セイ・・・!?おいヴァリス!!なんでセイが!?セイはあの時・・・」
苦しそうに唸るウィズに代わるように青年、ヴァリスは彼の言葉を継ぎ足した。
「そうだ、オレが殺した。セイをオレのものにするためにな。そして死んだセイの身体を魔物にした。これでセイはオレの言うことは何でも聞く。お前を殺せと言っても何の躊躇いもなく殺すだろうな」
「てめえっ・・・!!」
ウィズは拳を固く握りしめながらヴァリスを睨んだ。
その赤い瞳が徐々に濁り始めていることにヴァリス以外はまだ気づいていなかった。


ウィズがおかしい。
サメリはずっと考えてた。ちらりと覗いた彼の顔がいつもと違っていたのだ。
怒り、悲しみ、そして愛おしさ―――。様々な感情の混ざったとても苦しそうな表情をしていた。それらの感情のうち、彼女が理解できるものは少ししかなかったが、彼が苦しんでいることは何となく理解できた。

壊さなきゃ・・・。あの魔物には感情がないのに・・・どうしてウィズは躊躇うの?落ち着いて・・・。あれはウィズが前に壊していいって言ってたタイプの魔物だよ?ウィズがやらないなら・・・私が・・・
これ以上、ウィズの苦しい顔は見たくないから・・・


ウィズが躊躇する間にすでにサメリは行動を起こしていた。
地面を蹴って跳躍し、魔物、セイの頭目がけて鋭い蹴りを放った。セイの身体は蹴られた衝撃で勢いよく飛び、派手な音を立てて壁を突き破った。
「ウィズ、あの人の相手は私がする。ウィズじゃあの人とは戦えないから・・・。ねえウィズ、あの人・・・じゃない、あの魔物は・・・」
「ああ、わかってる。・・・頼んだぞ」
そう言ってウィズはサメリに微笑みかけた。だがその笑みには悲しさが混じっていて、サメリの胸がチクリと痛んだ。

先ほどの蹴りの衝撃で崩れた壁の奥へサメリが立ち入った頃には、すでに敵も立ち上がっていた。蹴りをまともに頭部に食らったとは思えぬほど平然と。
「・・・ちょっとムカツク」
サメリは昼ごろにウィズに教えてもらった顔をして見せた。
「あなたはここで壊さないとダメなの。それがウィズの為だから」
刹那、セイの元へと近づき変形させた右腕を振るった。だが、相手もその動きに合わせるようにサメリの攻撃を防ぐ。サメリは左腕でセイの脇腹を狙うが、またしてもセイの腕がそれを防ぐ。サメリは弾かれたように飛びのき、地面を蹴って空中へ躍り出た。するとまたセイもサメリと同じ動作をし、空中へと飛んだ。
相手との激しい攻防戦の中、サメリは相手の目を見てふと思った。
(私もあんな眼をしていたのかな・・・ウィズに会うまでは)
サメリの脳裏には自身の記憶がよぎっていた。