螺ス倉庫

ほぼ倉庫

MONSTERS 4

物心ついた頃にはすでに「親」というものが私には存在しなかった。私がどうやって育てられたのかはよく覚えていない。
そして大きくなるにつれて、私は皆にはできないことができるようになった。自分の腕や足を変形させるということが。そんな私を見ると皆私から離れていった。大きな人も、私と同じくらいの人も、皆―――。
「化け物だ」と言われた。「こっちに来るな」と言われた。胸が苦しくなった。だから私は皆から離れて1人になった。それからはもう何も感じなくなった。
それから村の外れの廃倉庫で私は暮らしていた。すると時々知らない人たちが私の所に来た。それは「ドロボウ」と呼ばれる人たちや「オレはお前と同じ生き物だ。仲間にならないか?」と問いかけてくる人、「君を救いに来た」と言う人。そんな人たちのことを私は拒んだ。
私に声をかけてくる人は皆、私を壊そうとした。だから他の存在を必要としなかった。私はずっと1人でいたかった。

それからどれくらい経ったんだろうか・・・今から数えると半年前で、そう、雨の日だった。また知らない人が来た。それはなんだか変わった気配のする右腕が欠けた男だった。彼は微笑みながら話しかけてきた。
「情報通り、黒い髪に赤い瞳・・・と。あ、そんなに警戒すんなよ、オレは君を救いに来たんだ」
・・・まただ。また私を壊しに来たんだ。壊される前に壊さないと―――
私は変形させたままの脚でその人を蹴りつけた。
「どわっ!!ちょっと待てよ!オレは君を傷つけるつもりはないんだって」
嘘だ・・・嘘だ・・・そうやって近づいて私を壊そうとするんだ!騙されないよ・・・絶対に。
「それにオレは、君と同じ魔物なんだ!仲間なんだよ!」
男はそう叫んでいた。訳が分からない。私と同じ生き物で、それでいて私を救う?何がしたいの?
「だから何!?私は誰も必要としてない!だから早く消えて!」
私は鋭く尖らせた腕で男の身体を殴りつけた。だけど、男はそれを片腕で掴み止めてしまった。腕全体を刃物のように変形させていたのに、そんなことは構わないように掴み止めていた。男の手から血が流れ落ちて、私の腕を伝った。
「寂しかったよな・・・こんなところで何年も1人でいてさ」
男はまるで私のことを全部理解したような表情をしながら近づいてきた。
「来ないで・・・来ないでよ!」
どうしてそんなに苦しい顔をしているの。私は頭の中がぐちゃぐちゃになって、後ずさってしまった。私が来るなと叫んでも、男は構わず近づいてくる。ついに私は壁にぶつかり、座り込んでしまった。
「もう自分の気持ちを押さえ込まなくていいんだぞ?泣きたい時に泣いて、笑いたい時に笑っていいんだ。君はもう1人じゃない。君の気持ちは、オレが全部受け止める」
男が優しい声でそう言った。初めてそんな優しい声をかけられた。その瞬間、私が今までずっと押えこんでいた何かが一気に溢れ出した。そのせいなのか、私の目からは水のようなものがとめどなく流れ続けた。私が訳が分からなくなっていると、男は片腕でぎゅうと私を抱きしめた。何故だか私はとてもほっとした。
「なあ・・・君、何て名前?」
男は耳元で優しく囁いてきた。だけど私には名前というものがなかったから、ただ首を横に振るしかなかった。
「んー、そっか。・・・じゃあ!オレが名づけてもいいか?」
私は首を縦に振った。
「『サメリ』ってのはどうだ?海外のカンジって文字で書くと雨の裏で雨裏!ようするに『晴れ』ってこと!・・・どうだ?」
明るい顔で男は私に問いかけてきた。この人が私に名前をくれるなら何だっていい。そう思いながら強く首を縦に振った。
「よかったー!じゃあサメリ!オレはウィズ、ウィズ・ライト。早速で悪いんだけどさ、退治屋になる気はねえか?魔物専門のだけどな!」
私はこの人にずっとついて行こうと胸の中で決めた。男・・・ウィズは私を初めて認識してくれた人だから―――


サメリは闘い意識を向けた。その瞬間相手の腕がサメリの頬を掠め、ちりりと小さな熱を持った。
「もう、加減しないよ」
サメリは小さくつぶやくと目を伏せ、自身の力の源へと意識を集中させた。すると、金色の髪がどんどん闇の色へと変わり、瞳は鮮血のように赤く染まっていた。
「ウィズと出会ってから変わった髪色を元に戻すのは、あんまりしたくないんだけどね・・・」
そう言いながらサメリは腕と脚を歪な鳥の脚のような形に変え、飛ぶように地を駆けた。
そのスピードは先刻の比ではなかった。サメリは今まで相手が意思を持っているのかどうかを図るため、どうしても手加減せざるを得なかったのだ。しかし、今は「戦闘不能」にさせることから「壊す」ことへ目的が変わったため、サメリの目には迷いがなく、その動きは確実に相手を仕留めようとするものだった。
「あなたは壊れなきゃいけないの!あなたが壊れないと、ウィズはまた苦しい顔をするの!ウィズにはそんな顔してほしくないから・・・。ウィズにはずっと・・・ずっと笑っていてほしいから・・・」
サメリは叫びながら猛攻撃を繰り返していた。セイはそれを防ぎきれず、サメリの攻撃を受け続け、腕や脚のあちこちにひびが生じていた。
「だから・・・だから・・・っ」
サメリは大きく右腕を振るった。その中指がセイの眉間に深々と突き刺さり、彼女は身動きが取れなくなっていた。
「お願い・・・壊れて?」
あまりにも冷たく悲痛な色の込もった言葉がサメリの口から零れた。その刹那セイの身体中に亀裂が走り、瞬く間に崩れ始めた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああ・・・・・・っっ!!!!!!」
セイは悲鳴を上げながら崩れ去り、灰とも塵ともわからぬものになり宙を舞った。
「最後に表れた感情が恐怖・・・か。それだけじゃ意思があるなんて言えないよ・・・」
もうそこには存在しない相手に小さくつぶやき、サメリは自分にとって1番大切な人のもとへと走った。その髪は既に元の金色に戻っていた。