螺ス倉庫

ほぼ倉庫

MONSTERS 5

チッ!何度も同じような攻撃を繰り返してきやがる!!

ウィズとヴァリスは先刻からずっと同じような攻防戦を繰り返していた。一方が攻めれば相手はそれをいなし、もう一方が攻めれば相手はそれを防ぐ。このままでは埒があかないとウィズは一歩後ずさり、間をあけた。
「やっぱお前相手じゃこれを使わざるを得ないみたいだな・・・」
突然ウィズの隻腕が光り輝き、その光が止んだ頃には右腕が生えていた。
尖った鱗が並ぶ、悪魔のような巨大な右腕が―――
「へえ、右腕を生やせるんならずっと生やしっぱなしにすればいいんじゃねえの?なんで隻腕のままにしておくんだ?」
ヴァリスがにやりと笑った。
「長い間隻腕だからな。生やさない方がしっくりくるんだよ」
ウィズも不敵な笑みを浮かべてみせる。
「まあ、どうでもいいけどな。じゃあお前が本気ならオレも本気でいくとするかな」
そう言うとヴァリスの両腕に黒い靄がかかった。その靄が両腕にしみ込んだかと思うと、彼の腕は黒い光沢のある刃物のようなものに変形していた。
「それじゃ、第2ラウンドといきますか」
その言葉と同時に2人は互いに大きな一撃を放った。

まただ・・・雨の日には必ず何か大きな事が起こる。サメリと出会った時も・・・オレが1度死んだあの時も―――


―――3年前 とある村―――

「ふぅ、ちょっと休憩」
栗色の髪にこげ茶色の瞳の青年、ウィズは畑で一息ついていた。彼の右腕は途中から存在していなかった。
彼は生まれた時から右腕が欠けていた。その為、彼自身はそれを不便に感じることはあまりなかったのだ。
「ウィーズ!そろそろ引き上げない?」
深い青の瞳をした女性、セイが畑の上段にある道路から優しい声音でウィズに問いかけてきた。
「んー、そうすっか。明日はいよいよ、オレたちの結婚式だからな」
「もう明日の今頃には私、セイ・ライトになってるんだよね。なんか実感ないなー」
肩まである色素の薄い空色の髪を揺らしながら笑うセイを見て、ウィズは改めて愛おしいと感じた。
「そうだな、オレたち・・・明日にはもう夫婦になってるんだよなあ。なあセイ、ヴァリスは本当に結婚式には来ないのか?」
「うん、その日は行けないって言われちゃって・・・。ヴァリスにも来てほしかったな」
「そうだよな、オレたち3人でずっと仲良くやってたもんな。オレ、あいつに1番来てほしいと思ってたのに」
ウィズは残念そうにうつむいたが、何か思いついたのかすぐに顔を上げ、セイに笑いかけた。
「そうだ!オレたちの結婚式の写真をいっぱい撮ってもらって、それを見せればいいんだよ!」
ウィズの言葉にセイもぱあっと顔を輝かせた。
「それいい!じゃあ私、親戚のおじさんにお願いしてくるね!」
たたっと駆けていくセイの後ろ姿を見た後、ウィズはふいに空を見上げた。
「雨、降りそうだな」
ぽつりと独り言ちると、セイに大声で呼びかけた。
「セイー!!雨降りそうだから早めに帰れよー!!」
するとそれに答えるように、セイはウィズの方に振り返り、大きく手を振った。
その瞬間、セイの胸が何か黒いものに貫かれたようにウィズは見えた。そしてセイの身体がゆっくりと崩れ落ちる。
「・・・え?」
ウィズは今の状況を理解できないでいた。しかし、セイが倒れたことは紛れもない事実であったため、混乱しながらも瞬時にセイのもとへ駆け寄った。
「セイッ!セイッ!?」
セイの横に膝をつき、ウィズは彼女の肩を懸命に揺すった。だが、言葉は返ってこない。身体はいつもと同じで温かいのに、うっすらと開かれた目には生気が宿っていない。
ウィズは揺れる瞳で彼女の胸部を見つめた。胸には何かで貫かれた傷があり、そこから血液が流れ続けていた。
「そんな・・・セイ・・・なんで・・・なんでこんなことが・・・」
「起こっちまったんだろうな?」
突然背後から声が聞こえ、ウィズは即座に振りかえった。
そこにはかつての友がいた。
ヴァリス・・・か?」
その言葉に彼は可笑しそうに笑った。
「おいおい、友達の顔も忘れちまったのかよ!でもまあ、しゃあねえか。髪も目の色もまるっきり変わってるんだからな」
かつての金髪が漆黒に染まり、茶色の瞳が血のように赤く塗りつぶされた友人、ヴァリスが左手をひらひらと振る。その腕は赤い血で濡れていた。
ヴァリス・・・お前が、やったのか・・・?セイを・・・お前がセイを殺したのか!?」
ウィズは声を震わせながら、思わず友人の胸倉をつかんだ。
「ああ、そうだ。オレが殺した。・・・セイを永遠にオレのモノにするためにな!」
「はぁ・・・?」
顔をゆがめながらこちらを睨むウィズを見てヴァリスは楽しげに笑っていた。
「オレはセイのことがずっと好きだった。セイだってオレを想っていたはずだ。それなのに7年前!!ウィズ・・・お前が来てからあいつはオレに振り向かなくなった。あいつの視線の先にはいつもお前がいた・・・。だから決めたんだよ!力を手に入れてセイを殺し、お前も殺し、そして・・・セイをオレだけのモノにするってな!」
少し寂しげに笑った後、ヴァリスは独白を終えた。
「そんなことしたって・・・セイはお前のものにはならねえんだぞ!!」
ウィズは声を荒げた。その瞳からは涙がとめどなく溢れていた。
「かわいそうなウィズ・・・恨んで恨んで、でもその恨みを果たせないまま、もどかしいまま、ここで死ね」
ヴァリスが冷たく言い放った瞬間、ウィズの右腹に激痛が走った。ゆっくりと腹を見ると、そこにはヴァリスの左腕が深々と突き刺さっていた。
「っかは・・・!」
ヴァリスが勢いよくそれを引き抜くと、ウィズは全身の酸素が搾り取られたような錯覚に陥った。力なく倒れたウィズの右腹には大きな風穴が空いていた。
「死ぬまでの間、そのまま村が破壊されていくのを眺めてるんだな」
ヴァリスは口の端を歪め、村の方へ歩いて行った。
「待・・・て・・・」
なんとか声を絞り出すが、ウィズの口からは血が溢れ、まともに発声ができていなかった。追いかけようと足を踏ん張るが、痛みのせいで力が出ず、這うことすらできない。
(くそっ!!動け・・・動けよ!!)
心の中で強く念じてもその足は動かなかった。そうこうしているうちに一軒の家から火の手が上がった。それを合図とするかのように次々と他の家からも火が上がり、次第に村全体が炎に包まれた。ウィズは村から少しはずれた場所でその光景を見ることになった。
「動・・・けよ・・・!くそっ・・・」
ウィズは己の非力さを恨んだ。もし自分が彼女を救えていたなら、もし自分がここで傷を負わなかったら・・・そんな「もしも」のことばかりが頭に浮かんでは消えていった。弱々しく拳を握りながら、ウィズはただひたすら地面に顔を擦り付け涙を流した。
炎が村を包んでからしばらくすると、ぽつりぽつりと雨が降り始めた。その雨は次第に強さを増していき、村の炎をすべて消すまでに至っていた。辺りにはもう人の気配がなくなっていた。

ウィズの目は次第に焦点が合わなくなってきた。
右腹に空いた大穴からは血が容赦なく流れ続け、雨がそれを固めることを許さなかった。大量の血液で彼の毛先は赤く染まっていた。
なんとか仰向けにはなったものの、もうウィズには力が残っておらず、腕で雨が目に入るのを防ぐことすらできなかった。
「オレ・・・死ぬのか・・・」
ウィズは漠然と心の中で思ったことをそのまま口に出した。まさか、返事がくるとは思わずに。
「あなたは、生きたいの?」
灰色の世界の中に突然少女が現れた。その少女の脚は傷だらけだった。ウィズは彼女は自分が作り出した幻覚だと思い、胸の内を紡ぎだした。
「オレは・・・」
ゆっくりと息を吐き出すように言った。
「生きたい」
その言葉を最後にウィズの意識は途絶えた。