螺ス倉庫

ほぼ倉庫

MONSTERS 6

ウィズが目を開けるとそこは誰かの部屋のようだった。上体を起こし、周りを見るとどうやらそこは寝室だということがわかった。
「夢・・・だったのか?」
そうであってほしいという願望がウィズの胸を淡い期待で膨らませたが、自身が今いるところは自分の寝室ではなかった。
「おお、目が覚めたか!」
正面に位置するドアから姿を現したのは老夫婦だった。彼らはウィズの顔見知りの人たちだった。
「あなたたちは・・・」
「ああ、私たちは隣村の者なんだがね、昨日あんたたちの村が燃えたと聞いて駆けつけたんじゃ。だがもう辺り一面焼け野原で・・・」
老人は少し悲しそうに答えた。
「生きてる者はいないだろうと引き返しかけたその時にあんたを見つけたのさ」
と老婆が続けた。
「服には大きな穴が空いてたけど、怪我はなくてよかったねえ」
老婆は嬉しそうに笑った。
「えっ!?」
ウィズは慌てて自身の腹を見た。すると、そこには古傷のような大きな跡が刻まれていた。
「あんた、その顔の感じといいその右腕といい、もしかしてウィズ君なのかい?」
「そうですけど・・・」
老人の問いかけに答えると、彼はやはりと目を見開いた。
「やっぱりウィズ君じゃったか!いやー、前会った時とは髪や瞳の色が違っとったから別人かと思うてしもたわい」
「え・・・」
ウィズは隣にあった鏡台に目を向けた。
以前まで栗色だった髪が影のように黒く染まり、瞳の色も以前のそれとは全く変わっていた。その姿はまるでヴァリスの様だった。
「なんでだ・・・」
思わず口から零れてしまった言葉は老夫婦の耳には届いていなかった。
「まあわしたちは隣の部屋におるから、何か必要なものがあったらいつでも呼ぶんじゃぞ」
そう優しく声をかけて、2人は部屋から出て行ってしまった。
「・・・驚いた?」
突然横から声をかけられ、驚きながらそちらを向くと先刻の少女が立っていた。
「おい、どうなってるんだ!?オレは死んだんじゃなかったのか!?それに・・・この髪と目は・・・」
ウィズは思わず少女にすべての疑問を一気にぶつけてしまった。少女は少し困った表情を浮かべた。
「あなたは私と契約したの。1度死に、再び生命を吹き込まれた生き物、魔物になる契約を」
「オレが・・・いつそんなことを?」
「あなたは契約者である私に、生きたいと望んだ。それが契約よ。・・・そうそう、あなたの右腕・・・力を込めて右腕が欲しいと望んでみて」
「??・・・こうか?」
よくわからなかったがウィズは言われた通り、心の中で右腕が欲しいと念じてみた。すると一瞬光を帯びたかと思うと、右腕から悪魔のような巨大な腕が生えていた。
「なんだよ・・・これ」
戸惑いながら視線を投げかけると、少女は説明口調で答えた。
「あなたの武器よ。左腕も同じようにできるから後で試してみるといいわ」
そこでウィズは1つの疑問を口に出した。
「なんでこんなことをするんだ?」
少女は少し悲しげにうつむいた。
「私の犯した罪を償うにはこれしかなかったの。でも、こんなこと・・・間違ってるよね。本当は私は、ただ生きたいと願った人だけしか魔物に、いえ生き返ってほしくないのに」
少女は意を決したようにウィズに訴えかけた。
「だからお願い!悪しき力、私利私欲のためだけに力を欲して魔物になった人たちを倒してほしいの!無理な願いなのはわかってる・・・でもあなたのような人にしか頼めないの・・・」
少女の目はまっすぐで、ウィズにはとても嘘をついてるようには見えなかった。
「・・・ああ、オレも目的は同じようなもんだからな。いいよ、やってやるよ」
ウィズがそう言うと、少女の顔は少し明るくなった。
「ありがとう。でも私・・・もう行かないと。それとお願い、これだけは忘れないで・・・。あなたは1度死んだということを。あなたは、魔物だということを」
少女はそう言い残して姿を消していた。

忘れないで・・・。あなたは1度死んだということを。あなたは、魔物だということを。
ウィズの頭の中でその言葉が何回も木霊した。



―――そして現在―――

くそっ!!こいつの顔を見てるとあの日のことがずっと頭の中で繰り返される!!オレの頭の中が力で支配されていく・・・
ウィズはヴァリスとさらにもう1人の敵と闘っていた。
もう1人の敵、それは魔物としての自分だった。
自身の中の魔物に力を譲れば、間違いなく自分は敵に勝てるだろう。だが、今、力を譲ってしまえば今の自分には永遠に戻れなくなる、そんな気がしていた。

「魔物に力を譲っちまえばいいじゃねえか、ウィズ!」
ヴァリスはウィズを挑発した。ウィズの目は確実に憎しみの色で濁り始めており、あと少しで本物の魔物になるということに彼は気づいていたのだ。
「うるせえ!!」
そう叫んでウィズは右腕をヴァリスの腹めがけて水平に薙いだ。だがそれをヴァリスは跳躍してかわし、その勢いでウィズを蹴りつけた。
「ぐっ!」
ウィズは蹴られた勢いで壁に背中を打ちつけた。目の前の敵は彼が体勢を整えることを許さず追撃し、腹を切り裂いた。
ウィズはそれを間一髪のところでそれをかわしたが、服が裂け、うっすらと数本の赤い線ができていた。
「醜い傷跡だな・・・。誰につけられたんだ?」
ヴァリスはとぼけるように首をかしげた。
「てめえ・・・!!」
「ウィズ!!」
瞳の濁りきるその直前に、ウィズは誰かに引きとめられた。
「サメリ・・・」
サメリは小さく笑いかけるとヴァリスに向かって駆けて行った。
「サメリ!無茶だ、やめろ!!」
彼女がヴァリスに勝つことはできないとウィズには目に見えてわかっていた。
サメリは相手に回し蹴りを放ったが、それを右腕で防がれ、彼女がひるんだ隙に腹を左腕で殴った。
「っ・・・!!」
サメリはあえなく壁に激突し、そのまま座り込んでしまった。しかしすぐによろよろと立ちあがる。
「・・・ねえウィズ、ウィズは私に言ったよね?誰かが・・・憎くて憎くて仕方なくても、私たちは、それを我慢しなくちゃいけないって・・・。その後にウィズが自分で言ったこと・・・覚えてる?」
ウィズはその言葉にハッとなった。


「なあサメリ、もしオレやお前が誰かをものすごーく憎んだとしよう。その時、オレたちはその憎い奴を攻撃しちゃダメなんだ。我慢するしかない」
「どうして?」
サメリは当然の疑問を投げかけた。
「んーとだな、もしオレがその憎い人を殺したとしよう。そしてその憎い人に家族、まあ子どもがいたとするだろ?その子どもがオレが親を殺した犯人だと聞く。そうすると子どもはオレを憎む。そしていつかオレを殺してやろうと思う。まあ憎しみってのはその連鎖なんだ。誰かが断ち切らないといけない。憎しみが積もって力を欲して魔物になるとか、オレたち退治屋が自分たちのせいで魔物を生んじまうことは避けたいしな。・・・わかったかサメリ?」
「なんとなくは。でも、その憎しみをこらえきれなくなったらどうすればいいの?」
サメリの疑問にウィズは優しい顔をしながら、サメリの肩に手を置いて答えた。
「その時はオレが止める!安心しな」
「じゃあ、ウィズはどうするの?ウィズのことは誰が止めるの?」
その問いにウィズは少し難しい顔をしたあと、また笑顔になって答えを出した。
「オレはこらえきれなくなることはないだろうし、なっても自分で止められるよ」


「ウィズ、今こらえきれてないよね?自分で止められてないよね?だから・・・私が止めるの。これからも、ウィズが苦しかったら私が・・・ウィズを支える!」
そう言ってサメリは再びヴァリスに挑んだ。しかし、サメリは再び彼の攻撃を浴びてしまう。彼女の腕や脚に次々と傷が刻まれていった。何度攻撃を受けてもサメリはヴァリスに立ち向かったが、それを何度か繰り返した後彼女の脚がついに限界に達したのか、力が抜けたようにがくりと膝をついた。その勢いでサメリは倒れかけたが、それをウィズが肩を抱きあげるように支えていた。
「サンキューな、サメリ」
ウィズはサメリに優しい笑顔を向けた。その瞳はもう濁ってなどいなかった。