螺ス倉庫

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MONSTERS 7

「サメリのおかげでやっと決心がついたよ」
そう言うとウィズの巨大な右腕がみるみる縮んでいき、人間の腕と同じ大きさになった。それを確認するとウィズは目を閉じ、己の中にいる魔物に力を譲った。すると、ウィズの周りから爆風が起き、突風がウィズを包んだ。
「まさか・・・そんなことが・・・」
ヴァリスは唖然としながらその光景を見つめるしかなかった。
風が止みウィズが再び姿を現すと、彼は先ほどとは違う様子になっていた。
髪は燃えるような赤に染まり、瞳は静かに怒りをたたずむ漆黒のそれに変わっていたのだった。そして左腕は大きさこそ人間と同じだが右腕と同様、尖った鱗の並ぶ悪魔のような腕へと変形している。
まさにウィズのその姿はヴァリスと同じ「悪魔の使い」と呼ばれるものだった。
「ウィズ・・・てめえいつの間にその『褒美』を貰った?」
「褒美?生憎オレのこの能力は自前でね、それは魔物が悪魔の使いにランクアップするための鍵か何かか?」
―――きっとあの子が内緒でつけてくれた能力なんだろうな
ウィズは心の中で呟いた。
「またお前だけ・・・」
ヴァリスはぎちりと歯を食いしばった。その目からはもう余裕の色はうかがえなかった。ヴァリスはウィズに向かって駆けだすと大きく右腕を振りかぶり、そのまま殴りぬけようとした。が、ウィズはそれを流れるように受け止め、カウンターでヴァリスの顔を裂いた。ヴァリスはそれをぎりぎりのところでかわしたが、彼の頬には2筋の赤い線ができていた。
「くそっ・・・」
ウィズは追い打ちをかけるように間髪いれずにヴァリスに向かって攻撃を繰り出した。だがヴァリスも黙ってはいなかった。ヴァリスは跳躍し、体重をかけながらウィズの腕を狙って左腕を振るった。
2人の攻撃は互角だった。ウィズの右肩に血の線が浮き、ヴァリスの左腕にも同じような傷が浮かんでいた。
「そろそろ、最終ラウンドってとこか?」
ウィズがにやりと笑うとヴァリスは一歩後ろへ退き、大きく両腕を振りかぶりながらウィズへと突進した。ウィズもそれに応じるように両腕を振るった。
2人はぶつかり合い、互いに背中合わせの体勢になった。
「ッ痛・・・」
最初に声を上げたのはウィズだった。ウィズの身体のあちらこちらには裂かれた跡があり、彼はぜいぜいと息を荒くしていた。
「ウィズ!」
サメリが声をかけた瞬間、ウィズとヴァリスは勢いよく振り向きあい、再び攻撃を繰り出そうとしていた。―――が、ヴァリスは攻撃することなくそのまま倒れてしまった。先ほどの連撃の間に彼の右腹には決定的な一撃が撃ち込まれており、その一撃が彼の意識を奪ったのだった。
「3年前のお返しだ!!」
ウィズは相手を見ることなくそう言い放った。その姿はすでにいつもの黒髪赤目に戻っていた。
「・・・死んだの?」
サメリが座り込んだままウィズに尋ねると彼はゆっくりと首を横に振った。
「いや、殺してねえよ。こいつには意思があるからな。でも当分起きないだろうな」
ウィズは横目で倒れている宿敵を見やるとサメリのもとへ近づいた。
「ほらサメリ、立てるか?」
ウィズが左手を差し伸べるが、サメリは制止するように腕をゆっくり突き出した。
「大丈夫、1人で立てる」
「そっか」
よろよろとなんとか1人で立ち上がって見せるサメリを確認すると、ウィズは彼女に背を向けイヤリングで通信をし始めた。
「レイダさん、聞こえますか?」
――ガガッ うん聞こえてるよ
「あいつ・・・確保しました。当分起きないと思うんであとで運んどいてください」
―わかった。じゃあ君の探していた人を確保できたんだからもうあとは約束通り、君の好きにしていいよ―――
「はい、今までありがとうございました」
ウィズは通信を終えてもぐっと背伸びをしただけで、サメリに背中を向けたままの状態でいた。
「退治屋、やめちゃうの?」
サメリは恐る恐る尋ねた。彼女の胸の中は不安でいっぱいになっていた。
「そうだなー、まあそういう約束だったしな」
「じゃあ、これからどうするの?」
「んー、世界のいろんなとこでも見てまわるかな」
ウィズは背中を向けたまま気まずそうに頬をかいた。
「・・・サメリとはここでお別れだな」
その言葉はサメリにはあまりにも唐突すぎた。彼女のそばにはいつもウィズがいた。これからはその彼が隣にいない―――彼女には想像もできないことだった。
「じゃあな、またどっかで会ったらよろしくな!元気でいろよ」
そう言うとウィズは振り向くことなく手を振りながら歩いて行った。
サメリはその背中に追いつこうと必死だった。脚はふらついて走ることさえままならなかったが、それでも彼の背中を追いかけた。
よろけて、走って、転びそうになりながら、なんとかウィズの背中に追いついて―――
すがるようにウィズの腰に腕をまわしていた。
「えっ・・・サメリ・・・?」
ウィズがサメリの行動に驚いたのと同様に、彼女も自分のとった行動に驚いていた。考えるよりも先に身体が動いていたのだった。
「どうしたんだよサメリ」
「・・・やだ、行っちゃ・・・嫌」
サメリはウィズの背に額をあてながらうつむいて言った。
「・・・なんでだよ?」
ウィズの頭は疑問符だらけになっていた。
「ウィズがいなくなったら・・・私、1人になる・・・」
「大丈夫、お前はもう1人じゃねえよ。退治屋の本部に戻ればお前を迎えてくれる人がいっぱいいるだろ?」
ウィズは優しく諭すが、それでもサメリは首を横に振り続ける。
「違う・・・ウィズがいないと、消えちゃう。ウィズは・・・私を初めて認識してくれた人だから・・・。だから、行かないでっ・・・」
「サメリ・・・」
そこでようやくウィズはサメリの方を向いた。だが、振り向いたその少し悲しげな表情はすぐに驚きの色に染まった。
「サメリ・・・お前!」
「・・・え?」
サメリが顔を上げると、ウィズの顔はぐにゃぐにゃになっていた。そして自身の頬を伝う液体を肌で感じた。
「なんで・・・、なんで私・・・泣いてるの?」
訳が分からず更に涙があふれる。混乱し続けているサメリをウィズは優しく抱きしめた。彼女と初めて出会った時と同様、片腕だけで。
「・・・ありがとな」
ウィズの声は優しくサメリの芯まで響いた。
「・・・なんで?」
「な、なんでって、その」
ウィズはハッとしたようにサメリから手を離し、恥ずかしげに頭を掻いた。
「オ、オレのことをその・・・そんなに大事に思ってくれてて、ありがとうなってことだよっ!恥ずかしいからこんなこと言わすなよ!!」
ウィズの顔は真っ赤になっていた。
「・・・ごめん」
サメリは再びうつむいた。一瞬止まった涙がまた目から零れる。その様子にウィズは慌てふためいた。
「あああ、泣くな泣くな!でも、よかったな。また新しい感情を思い出せて」
「これ、どんな、感情なの?」
ウィズはしゃがみ、しゃっくり混じりでうまく話せないサメリの肩に手を置いた。
「寂しいと悲しい、かな。寂しいってのは1人になっちゃうのが嫌だって感情で、悲しいってのは・・・んー、まあ似たようなもんだけど、オレがどっかに行っちゃうのは嫌だーって感情かな?」
「じゃあ、なんで私、泣いてるの?前とは、違うことで泣いてる、気がする」
うーんとウィズは頭を捻った。
「それはだな、人はいろんな理由で泣くからだ。嬉しかったり悲しかったり、時には笑いすぎたりして。前は嬉しかったんじゃねえかな?」
「そう・・・かな?」
「まあ後々わかってくるって。ほら、もう泣きやめよ、な?」
ウィズはサメリの頬の涙を優しく拭った。サメリも真似して似たような動作をしてみる。
「それに」
ウィズは明るく笑いかけた。
「サメリは笑ってる方が可愛いんだからよ!ほら、笑って笑って」
サメリは自然と微笑んでいた。その笑顔はまるで太陽のように温かかった。
「それでいいんだよ、サメリ!」
ウィズの顔も晴れ晴れとしていた。
いつの間にか雨はあがったようで、廃工場の窓からは温かな日の光が差し込んでいた。

「さて、行きますか!」
ウィズは立ち上がり、元気よく言い放った。
「・・・どこに?」
サメリは恐る恐る尋ねた。
「どこにって、退治屋本部に決まってるだろ?」
ウィズはにぃっと笑った。が、すぐに何かに気づいたように顔を歪めた。
「再就職ってできんのかな?あとは自由にしろってレイダさんが言ってたからできるよな?」
―――まだやらなきゃならないこと、知りたいことが山ほどある。もっと多くの魔物を倒すこと、サメリの例外的な探知能力、外見、それに感情の戻し方、あの「契約者」の子のこと・・・旅はそれが全部終わってからだな。
「ねえ、ウィズ」
ぼんやりと考え事をしているウィズの服の袖をひっぱりながらサメリは声をかけた。
「おお悪い、なんだサメリ?」
「レイダさんに直接聞いてみたら?」
「そうだな、それが1番手っとり早いか!」
ウィズは通信機に耳を傾けながら、サメリと2人で並んで歩いた。



後にとある事件に巻き込まれ、それが原因で世界を救うことになるとは、2人はまだ知らない。



(What's next on MONSTERS ???)