螺ス倉庫

ほぼ倉庫

ようかいらぁめん

とある日の夜、仕事を終えた青年は今日の夕食は何にしよう、その後は何をしようかと
ぼんやりと考えながら帰路についていた。
その日の夕方に雨が降ったためか、空気は少し湿っているものの涼しく、歩くのには
快適だった。
青年は眼鏡を指で押し上げふと空を見上げていた。

と、その時―

「コタローさん!」

聞き覚えのある声。
その声がした方へ振り向くと、そこには
良くも悪くもふつうといった雰囲気の青年が立っていた。

「あ」
ショートケーキの・・・と言いそうになったところで眼鏡をかけた青年、柴山虎太郎は
とっさにその言葉を飲み込んだ。
2人はカフェ仲間であり、もう1人の青年はよくショートケーキを頼んでいたことから
ショートケーキの人、というあだ名で虎太郎の頭の中で記憶されていた。
彼の名前を知らないのだが、「ショートケーキの人」と呼ぶ訳にもいかず、
誤魔化しながら話を続けた。

「君は・・・どうしたんですか?こんな遅くに・・・」
「友達に付き合ってたらこんな時間になっちゃって」
あははと困ったように笑い青年、秋月秀介は虎太郎にも同じように言葉を返す。
「コタローさんはいつもこれくらいの時間に帰ってるんですか?」
「いえ、今日は少し遅めに病院を閉めたのでいつもはもう少し早い時間に帰ってますね」
カフェで会う時と同じように何気ない会話を続けていた時―
パッと聴いただけでそれとわかるチャルメラの音が聞こえてきた。

「あ・・・あの・・・」
ふと虎太郎が秀介を見れば何か言いたそうな顔になっている。
どうかしましたか?言うかのように微笑みながら顔を見ると秀介は意を決したかのように言った。

「よかったら・・・あのチャルメラ鳴ってるラーメン屋、行きません?」
「あ、いいですね、行きましょうか」
虎太郎、快諾。
2人はチャルメラの鳴る方へと歩きだしていった。



「そういえば、知ってます?この辺の都市伝説」
ラーメン屋を目指して歩いていた時、秀介が思い出したかのように話し始めた。
「いえ、知りませんね・・・どういう話ですか?」
虎太郎も話を促した。
「この辺に来るラーメン屋の中には、チャルメラの音がして見にいっても影も形もない
ラーメン屋が1軒あるらしいんです。実際、その音を聴いて見にいったら誰もいなかったって
話を友達から聞いたことがあるんですよ・・・」
「まさか、今から行くラーメン屋がそこだったり・・・しませんよね?」
ふ、と笑う虎太郎とは反対に話し始めた秀介は青い顔になっている。
「まままままさか!?そんなわけ・・・」
あくまで都市伝説だから、と自分に言い聞かせていた時、
チャルメラの音の主であろうラーメン屋の屋台の光が見え始めていた。
「あ、ほら見えてきましたよ!やっぱり普通のラーメン屋ですね」
秀介はよかった、と小さくつぶやいてから虎太郎の腕を引っ張り小走りでラーメン屋に近づいていった。

「あの、すみませんっ」
秀介に引っ張られながら虎太郎は先ほどから思っていた疑問を投げかけた。
「ラーメン屋が私には見当たらないのですが、一体どこに・・・?」
「え?もう目の前にあるじゃないですか・・・」
振り向いた秀介の胸には嫌な予感が渦巻き始めていた。
虎太郎がそんな冗談を言う人ではないとわかっているが、
自分の目にははっきりと屋台が見えている。
「え・・・まさか・・・」

秀介は幽霊がはっきりと見える体質であり、たびたび幽霊と話すこともある。
それに対して虎太郎は小さい頃は見えていたものの、今では雨の日に波長が合った時だけしか
幽霊を見ることはできないのだ。

嫌な予感が確信に変わる中、秀介は恐る恐るラーメン屋の方へと向きなおした。
すると自分たちに気付いたのかラーメン屋の大将らしき人影が声をかけてきた。
「らっしゃい!・・・って珍しいな人間の客か」

逃げないと―
秀介は瞬時にそう思った。
会ってはいけないものに会ってしまった。
自分1人ならまだしも、今日は友人である虎太郎も一緒だ。
虎太郎を巻き込むわけにはいかない。

秀介は様々なことを考えながら虎太郎と目を合わせ、逃げようと合図を送った。
しかし―
「あの、どのあたりに屋台が・・・?」
屋台とは見当違いな方を見ながら虎太郎は少し困ったように秀介に話しかけた。
(逃げる気0!!!???)
秀介が心の中でつっこんでいると、大将は再び声をかけてきた。
「ん?なんだ?眼鏡の兄ちゃんはオレたちのことが見えねえのか?」
秀介は虎太郎の顔と大将の影を何回も見比べた。
「・・・?」
どうやら虎太郎には大将の声が聞こえていないようだ。
そこで秀介は恐る恐る大将へと話しかけることにした。
「あの・・・見えてないし、聞こえてないみたいです・・・」
消え入りそうな自分の声に恥ずかしくなった。
「見えてんのはお前さんだけか!仕方ねえな・・・よっ!!」


目の前が急にまぶしくなったかと思えば秀介が言っていたのであろう
ラーメン屋の屋台が虎太郎の目にも映っていた。
普通のラーメン屋のようにも見えるが、その屋台はどこか違う雰囲気を持っているようにも
感じられる不思議な屋台だった。
「・・・コタローさん?」
秀介の方を見れば不安そうな顔をしていた。大丈夫、と言うように虎太郎は微笑んだ。
「せっかくですし、ここで食べていきましょう」
虎太郎はそう言うと自ら屋台の方へ近づいていった。

ここは大丈夫

以前病院へ来た目玉の妖怪とその一行と同じようなものをラーメン屋から感じた。
小さな威圧感と友好心。
悪意の類は感じられなかった。

「すみません、2人分席空いてますか?」
虎太郎はのれんをくぐり、大将に問いかけた。
後ろからは秀介が心配そうにのぞいている。
「大丈夫、ちょうど2人分空いてたところよ」
大将はパッと見たところ普通の人間と変わりがなかった。
おそらく幽霊なのだろう。
「ほら、席に着きな」
大将がカウンター越しに椅子を持ち上げ2人に渡し、座るよう促した。
秀介は1番端に座り、そっと虎太郎の奥にいるであろう妖怪や幽霊を覗き見た。
「・・・あれ?」
大きく奥を覗いても自分たち以外誰もいなかった。
『ちょうど2人分』という大将の言葉が引っかかったものの、これ以上そういう類のものと
遭遇しないで済むことにほっと胸をなでおろした。
「さて・・・何を食べましょうか・・・」
1人マイペースに虎太郎は屋台の中を見回すが、そこにはメニューらしきものが
見当たらない。
「すみません、メニューは?」
相手が妖怪の類であることを忘れてしまったかのように気兼ねなく虎太郎は問いかけると
大将はまぁ待てと気さくに笑った。
「今日は空の客が多いからな、空に上がってからのお楽しみにしといてくれや」
「え、空って・・・」
「落ちないように気ぃつけろよ」
秀介が大将にどういうことかと問う前に
屋台が飛んだ。

まるで大きな毛むくじゃらの神様につかまって空を飛んでいるようだ。

あっという間にはるか上空へと上がる。
どうやらこの屋台自体も妖怪だったようである。

「うわ、きれい・・・」
飛んでいる間の揺れも収まったところで下を見ると町の夜景が広がっていた。
秀介は虎太郎にも下を見るよう指をさすと虎太郎も同じように言った。
「どのあたりが家でしょうね」
「オレの家はあの辺ですね、たぶん」
夜景を見ながらあちこち指差し、2人はしばらく普段は見られない景色を楽しんでいた。
その様子をほほえましげに眺めながら大将は自分の仕事の準備を始めていた。
「さてと、空の客も1人目が来たようだし、ほらメニューだ。食べたいものをそこから選びな」
メニューを屋台の壁に貼りつけ、そこから選ぶように指示する。
秀介は空の客が少し気になり、ゆっくりと虎太郎の奥を覗く。
そこに座っていたのは烏天狗で、メニューをただじぃっと見つめていた。
虎太郎は見えていないのかまったくの無反応である。
「コタローさん、あの・・・端に・・・」
秀介はこそっと虎太郎に耳打ちし、妖怪の存在を伝えるが虎太郎は頭に?を浮かべている。
「悪いな兄ちゃん、そいつはシャイでよ。なかなか人間には姿を現したがらねえんだ」
少し眉を寄せながら大将が言うと、虎太郎はへぇ、と横を見やり目を細めた。
「で、兄ちゃん達何食うんだ?」
2人はそう聞かれて慌ててメニューを見つめた。
ようかいラーメン、魚介ラーメン、チャーシューメン・・・
いろいろなラーメンがあるが中でも「ようかいラーメン」が気になって仕方がない。
だが、妖怪の肉が入ってたらと思うとなかなか頼めなかった。

「あれ、病院の先生じゃね?」
虎太郎がふと聞き覚えのある声に振り向くとそこには
何か蛇のようなものの上に乗って宙に浮いている少年の姿。
「君はあの時の・・・」
例の目玉妖怪のご一行のうちの1人である。
「先生もここによく来んの?」
化妖怪の少年、化太郎は事前に浮かべられた椅子に座りながら虎太郎に話しかけた。
「いえ、今日初めて来たんです」
虎太郎が少し戸惑いながら答えを返すと化太郎は蛇の頭らしきものに耳打ちした。
キョンちゃん連れてくればよかったかもな」
「?なんでキョンちゃん連れてこなあかんのや?」
蛇の頭が関西弁で答える。
「あ、お前あの時いなかったけか・・・」
ぼそぼそと小さな声で化太郎が話した後、再び蛇の頭が声をかけ始めた。
「化太郎、ちゃんとつかんどけよ。今から戻るからな!」
その言葉の後、蛇の胴体らしきものがメジャーを巻き取るように頭の方へ吸い込まれてゆき
最後の最後に人間の胴体が頭まで引き込まれていった。
「人を空蛇みたいに使うなよな・・・」
首がどこかへ伸びた胴体が空いていた最後の席に着くとその全貌が明らかになった。
蛇の頭かと思っていたそれはスキンヘッドになった人間の頭で、首がやや長く伸びている。
首の長さがほぼ元に戻った姿は少しガラの悪そうな人間の青年と変わりない。
妖怪、ろくろ首。それが彼の名前だ。

「なんや自分ら、何食べるか決めてへんの?」
普通に生活していては滅多に、いや一生見ることはないであろうアブノーマルな
光景に目を見開いていた秀介はそんな光景を見せた張本人に話しかけられ
どうすべきか困っていた。
「その、何が入ってるのかわからなかったもので・・・」
ろくろ首からやや目線を外しながら答える秀介。
その問いに嬉しそうに反応した化太郎が身を乗り出して虎太郎と秀介の方を見た。
「ここの常連さんのオレが教えてやるよ!ここのラーメン屋、妖怪向けに出してるけど
 ぶっちゃけ人間が食ってるのとそんな変わんねーの。何個かは妖怪の肉とか骨が入ってたり
 するけど・・・」
最後の言葉に2人は不安になった。
その表情を見て察したのか化太郎はさらに言葉を続けた。
「オレのオススメは“ようかいラーメン”と“魚介ラーメン”だな!
 とりあえずその2つは妖怪のもんは何も入ってないから安心しなよ」
じゃあ・・・と虎太郎と秀介はゆっくりと目を合わせ、それぞれ注文をし始めた。
「魚介ラーメンを1つ」
「オ、オレはようかいラーメンで!」
「あいよ!」
大将は豪快に笑った。


「いただきます」
「・・・」
虎太郎は普通のラーメンを食べるかのように気にせず麺をすすり始める。
秀介は自分が気になったから頼んだものの本当に妖怪の肉などが入っていないかと
チャーシューなどの具を凝視していた。
「食べないんですか?美味しいですよ」
1口食べた虎太郎は秀介を不思議そうに眺める。
秀介は意を決したかのように箸をとった。

「い、いただきます!」
勢いよく麺をすすり、やけくそになりながらそれを飲み込む。
「・・・おいしい!」
ゲテモノを食べたような顔から一転、ぱぁっと周囲に花が咲くような顔に変わる。
その表情を見て大将はうんうんとうなずいた。
「魚介ラーメンにはいってるダシとかはさ、オレのダチのメザシ兄貴が獲ってきた魚なんだ。
 兄貴が獲ってくる魚は美味いぞー!」
と、何故か化太郎が得意げになる。
「ようかいラーメンはここの1番人気のラーメンやしな」
ろくろ首も得意げになっている。
「へぇ・・・」
秀介はスープを蓮華ですくい、飲んでみる。確かに美味しい。
思わず顔が綻んだ。

「ここに来て正解でしたね」
こそっと耳打ちされた虎太郎の言葉に秀介も小さくうなずいた。
「こんなに景色もいいですしね」
高層ビルからでしか見ることのできない景色をもう一度見ようと周りを見回すと
屋台の周りには大量の妖怪たちが酒盛りを始めている光景が広がっていた。

このラーメン屋に来たことを秀介は少し後悔した。


「あー、おいしかった」
虎太郎の声が響きわたる。
時間はもう深夜になっており、辺りは静まり返っていた。
妖怪たちの酒盛りが一段落した後、秀介たちはようやく地上へと帰ることができたのだった。
「なんかしばらく空にいたせいで足が変な感じがしますね」
若干ふらつきながら秀介はゆっくりと歩き始める。
「そうですね、なんだかまだ空にいる気分です」
虎太郎も足の感覚が変になっているのかややふらついている。
「なんか・・・すみませんでした。オレがああいうのが見えちゃうばっかりに・・・」
申し訳なさそうに言う秀介に虎太郎は小さく微笑んだ。
「謝らないでください。私は楽しかったですから」
幼いころ見えていた異形の者たち。
それをわずかであるが見ることができたことを嬉しく思った。
虎太郎は月と星と雲だけになった空を見上げる。
「また、行けたらいいですね」


耳を澄ませばまだ聞こえるかもしれない
空で騒ぐ妖怪たちの声が

秀介と虎太郎は少しの間、口を閉ざして夜の空を見上げながら歩いた。