螺ス倉庫

ほぼ倉庫

羊執事 予想外の始まり

※地味に長いのでお時間のある時にお読みください





「おい、この音・・・警察か!?」
 とある屋敷の廊下で激しく人が入り交う。そして群れが動いているように響く足音に合わせるかのように
サイレンの音が大きくなっていく。
「あいつは!?あの羊はどこに行った!?」
 さぁ、どこにいるのでしょう。
「どこにもいやしねぇ!!裏切りやがったな!!?」
 裏切ってなどいません。私はただ、「飽きた」だけですよ―
 
 眼鏡を軽く持ち上げて1人の執事が闇夜へと溶けていく。
 その執事の前に現れたのはまた同じくして執事。
 主人を見捨て続けたためにブラックリストに載った執事を狩るという、そのためだけに存在する執事。
 そんな彼らを前にして眼鏡をかけた執事は相も変わらず口元に笑みを浮かべている。
「あなたたちもしつこいですね。そろそろ諦めたらどうです?」
 執事たちはそれを始まりの合図として一斉に動き始めた。


 時は遙か未来。人間は自分たちの技術で壊してしまった地球を後にし、別の星で生活をしている。
そんな時、地球での生活と同じように暮らしていた彼らに1つの事件が起きた。

 執事大量暗殺事件

 大変有能な職とされていた執事が何者かによって大量に暗殺されるという事件。しかも犯人は
いまだに見つかってはおらず、数年で執事の数は大幅に減少していった。
 そこで政府のとった政策は「羊執事導入計画」と言われるものであった。
 内容は科学技術を利用し、動物を執事化させるという計画。しかしどういうわけか執事化できるのは羊のみ。
また、執事化できる羊の数は非常に少なく、多くの羊たちがその計画の犠牲になっているのもまた事実である。そのためか羊執事を雇うには大金が必要になる。
逆にその数の少なさと高価値を利用してステータスのために羊執事を「購入」する資産家たちも少なくないという。

 
 1人の青年が端末に映し出された地図を見ながら都心からやや離れた住宅地を歩いている。
 羊を思わせるふわふわとした髪からくるりと曲がった角をのぞかせている。
 ハロルド・ロウ・シーメリヤ。羊執事である。
 どんどん住宅地を進んでいき、ふと歩を止めた。
 前には資産家のものと思われる巨大な屋敷。
「ここですね。」
 小さくつぶやき、門につけられたインターホンを鳴らした。

 すぐに門が開けられ中へ入ると見た目通りの華やかさ。
 きれいに飾られた廊下を歩き、「新しい」主の部屋と思しき場所までたどり着く。
 軽く扉を叩き、許可をもらってから部屋に入るとそこには凛とした雰囲気を纏った少女が腰かけていた。
 豊かで艶のある長い金の髪、一目で高価と分かる衣服、それだけを見れば貴族のような風貌の少女。
 だがその外見には少し異質な何かがあった。
「よく来てくれたな、ハロルド・ロウ・シーメリヤ。私はエルザ・フォン・コンサヴェルデ」
 しかし異質な外見ではなく、よく響く芯の通った声に紡がれた言葉にハロルドはなにやら違和感を覚えた。
「今日から私が新しい主人だ。まあ、だから、えっと・・・」
 凛としていた言葉がどんどん頼りないものに変わっていき、少女、エルザはガシガシと頭を掻き毟る。
 そして掻き毟った手には金色の毛の束が握られている。見ればエルザの髪は短く男性の様になっていた。
「別に常に一緒にいてもらうわけだから気ぃ使う必要はねえよな?だから、まあよろしく。」
 言葉づかいも一気に粗野なものになり行儀よくしていた脚もはしたなくなった。
「ほらボクこんなんだし?たまに手助けしてほしくなるからさ。」
 そう言いながらエルザは自分の本来右足がある方へと指をさす。そこには彼女の少し異質なものがあった。
いや、逆に存在していなかった。彼女の右足は太股ほどから途切れていたのだから。
 少しは気使う表情でも見せるのかとエルザはちらりとハロルドの顔を見るが、そこに映るのは薄く浮かべた笑みのみ。
「あぁ、そういう趣味の方でしたか。てっきり女性かと。」
「ボクは女だ!!」
 あまりにも予想外のことを口走ったからか、思わずつっこんだ。
「冗談ですよ。今回仕えさせていただくに当たって、貴方様のことは調べさせていただきましたから。」
「ボクも君のことは調べさせてもらったよ、ハロルド。」  
 エルザは得意げに笑みを浮かべる。だがハロルドは表情を崩さない。
「ほう、では私のことをどれほどお知りになっているのかお聞かせ願いましょう。」
「ハロルド・ロウ・シーメリヤ、ブラックリストに載っているのにもかかわらずいまだに生きながらえている数少ない羊執事。
 だから君は君を上手く飼い慣らせるかどうかってことで貴族や企業家の間で有名なんだよ。」
 ふふん、どうだと言わんばかりの顔の主人にハロルドは少し驚いたような顔を見せた。
「・・・それだけですか?」
「・・・え?」
 逆に驚いた顔になるエルザに対して嫌味とも言えるほど自分が得た情報をハロルドは語り始める。
「元の名はミハエル・オルバーン、貴族出身。両親はなかなか子を授かることができず、やっと授かった子を後継者にするつもりだった。
 しかし生まれた子は女。そのことを隠し、男として育てることにした。それがご主人様、でいらっしゃいますよね?」
「お前・・・どこでそれを!?」
 顔色が変わった主人に追い打ちをかけるように再びハロルドは語りだす。
「長年男として育てられ、いよいよ正式に後継者とされるかと思いきや、母親は第2子を妊娠。生まれた子は男。
 ご主人様はもはや無用の長物となった。そしてとどめを刺すかのように交通事故にお会いになった。命は取り留めたものの
 右足は切断。しかしオルバーン家に都合のいいように亡き者として扱われ、ミハエル・オルバーンは世間から消えた。」
「・・・そうだよ、よく調べたな。」
 ため息をつき、むしろ感心したように言う。
「新しく仕える主人のことをよりよく理解するためですよ。」
 眼鏡を指で上げながら答えるハロルドは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「そして企業家であるのにも関わらず、貴女様の屋敷が貴族調であるのも元は貴族だったことから来ているのでしょうね。」
 エルザは周りを見回し、あぁ、と納得したように声を漏らした。
「だから他の企業家のところに行った時に変な感じがしたのか。なーんか気持ち悪いなぁって思ってたんだよ。
 ・・・慰謝料代わりに父親に貰った戸籍とある程度の金を使って企業家としてここまで来てさ、いざ好きな屋敷を作ってやろう!って思って
 建てた屋敷が貴族調ってなんか皮肉な話だな。」
 貴族らしい装飾を見ながら自嘲するようにエルザは笑った。

 貴族と企業家、この2つはこの世界ではトップを誇る裕福な地位であると言われている。
だが、2者の間の仲は悪く水と油の様だと比喩されることも多々ある。そのためか貴族と企業家では屋敷の造りまでもが異なっているのだ。

「ご主人様が経営されてる企業は香辛料を取り扱ったものでしたね」
 ふと思い出したようにハロルドはエルザに声をかけた。
「あぁ、そうだよ。香辛料を輸入してそこから加工したり、自社で実際に胡椒とかを栽培したりな。」
「そうですか、現場を見させていただくのが楽しみになってきました。」
 何気ない会話を少し続けながら、ハロルドは新しい主人について考えていた。

 いままで見てきた中では阿呆の部類に入るぐらいの人間ですね。これなら手玉に取ることぐらいたやすい。
 そして飽きたらすぐに捨てればいい―――

 そう思っていた矢先―
 廊下から激しい物音が響いた。

 何事かと廊下へと続く扉の方へ身体を向けた直後、その扉が勢いよく開け放たれた。
「エルザ様ーーー!!お昼の時間ですよーーー!!」
 そう大きな声で叫んだのは小さな少女。
「ん?もうそんな時間か。」
 エルザの反応はあまり大きくない。おそらくこれが日常茶飯事なのだろう。
 てとてとと杖を持ち運び、エルザに手渡した少女の耳は人間についているそれとは異なっていた。
 エルザは杖を持ちゆっくりと立ち上がり、廊下へ出る扉の方まで歩くとふいにハロルドの方へ振り向く。
「おし、ハロルド、お前も来い!」
 そう言って手招きをする。
「・・・はい?」
 何が言いたいのかわからないハロルドは戸惑い、眉を寄せた。
「だから、飯の時間だって言ってんだろ!飯は皆で食うもんだ。ほら、一緒に来い!」
 ぐい、とハロルドの裾をひっぱり、エルザは無理やり廊下へと連れ出した。


もうちっとだけ続くんじゃ←
何が「ヨソウガイデス」なのか1回で書ききらんとか・・・